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河井寛次郎 花扁壷 売却済

横幅約 22cm 縦幅約 13cm 高さ約 18.4cm

この作品は河井寛次郎の花扁壷 呉須辰砂で、共箱が付いております。
大ぶりで形や 図柄 も良く、河井寛次郎の花扁壷 呉須 辰砂の中では 上手 の作品です。
ご覧のように、力強く優雅で存在感があり、最近ではこのような寛次郎の綺麗な作品はなかなか見る事ができません。
特にこの作品は晩年期の名品で河井寛次郎の特徴がよく出ており、貴重な 名品 です。
採光の加減で白く光っておりますが、欠けやひび等なくご覧のように 保存状態 の良い未使用品のような作品です。

河井寛次郎
島根県安来町(現安来市)の大工の家に生まれる。
師弟関係を重んじる陶工の世界にあって、学校という教育機関にて指導を受けた新しい世代の陶工である。
東京高等工業学校では 陶芸家 の板谷波山の指導を受けた後、京都市立陶芸試験場に入所。
濱田庄司とともに1万種以上の 釉薬 の研究や、中国陶磁など過去の 陶磁器 の模倣や研究をした。
1920年、五代清水六兵衛の技術顧問を務めていた縁で、京都五条坂にあった彼の  を譲り受け、「鐘渓窯」と名づけ自らの作品制作を開始する。
1926年、柳宗悦、濱田庄司とともに日本民芸美術館設立趣意書を発表。
富本憲吉、黒田辰秋、バーナード・リーチらとともに「民芸運動」にかかわる。
1937年に「鉄辰砂草花図壷」がパリ万国博覧会でグランプリを 受賞
1955年には 文化勲章 を辞退し、同様に人間国宝、芸術院会員も辞退している。

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買取実績 PURCHASE RECORD

老舗骨董店の当店ならでは1000点以上の買取実績を写真入りでご覧ください。

骨董品の李朝陶磁器の骨董品宅配買取を頂き、朝鮮の壺をお譲り頂きました。

写真2枚あります。くわしくはこちら この 壺 は朝鮮の壺で、骨董品の李朝陶磁器とまでは古くはないと思われます。最近では骨董品の李朝 陶磁器 が人気で、このような大正李朝の前ですが紹介します。本歌は李朝陶磁器独自の味わいのある骨董品の李朝陶磁器で、李朝陶磁器独自の宗教的魅力や民芸の面白い 骨董品 の李朝陶磁器です。本歌の骨董品の李朝陶磁器の李朝時代は、儒教を国教とし、官僚政治が発達した時代でもあります。また、骨董品の 李朝 の陶磁器や民芸も盛んに発展し、その独特な美しさで知られています。この壺は新しい壺ですが、最近では李朝陶磁器も少なくこのような壺ですが紹介しております。この李朝陶磁器は、競り市やオークションで買い受けた作品ではありません。直接お客様より入荷した、うぶ荷と呼ばれる貴重な蔵出しの作品で、現状のまま販売しております。 もちろんこのような李朝陶磁器も人気がありますが、李朝作品の中でも人気があるのは 仏教美術 や陶磁器で、特別高価に取引されています。