山田宗美の詳しい説明と 買取

1871年(明治4)12月23日に、石川県加賀市に山田宗光の子として生まれる。
大聖寺藩主に仕える刀剣鍛冶師の家柄で、本名は長三郎。
1885年(明治18)頃より父・宗光に 師事 し、象嵌鍛金打ち出し の技術を学ぶ。
1890年(明治23)、3人の兄達が幼くして亡くなっていたため、10代長三郎を 襲名 を宗美とした。
宗美20歳の時、一枚の鉄板から 彫刻 的な立体造形をつくる「鉄打出」の技法を創案した。
鉄打出とは、一枚の極薄い鉄板を、均一の厚さを保ちながら、金鎚を使って、打ちのばし、打ち絞り、精巧な立体の 花瓶置物 をうちだす宗美独自の鍛金 技法 である。
数百点の失敗を重ね、5年以上の歳月をかけ、1896年(明治29)日本美術 展覧会 に初出品し三等賞銅牌を獲得。
1900年(明治33)パリ万国博覧会、1906年(明治39)セントルイス万国博覧会など多くの 博覧会 で入賞をかさねた。
宮内省ご用品、海外美術館収蔵品となるなど、明治期の美術工芸界に偉大な足跡を残した。
1913年(大正2)に、当時の芸術家として最高名誉であった帝室技芸員候補に推挙され、帝室技芸員 に内定していたが就任直前に亡くなった。
1916年(大正5)3月15日死去。45歳という若さでこの世を去る。
弟子の黒瀬宗世に技を伝えたが、道具類や資料は残っておらず、その技は現在には残っていない。
現在において、この技は不可能と言われ再現ができず、幻となっている。
代表作品に「狛犬大置物」がある。

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