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品番:D-07

価格:¥3,000,000-

金閣寺蒔絵 硯箱 販売

硯箱 横幅約 22.9cm 縦幅約 25.5cm 高さ約 5cm
筆長い方 長さ約 19.6cm 太さ最大約 0.8cm 穂首 長さ約 2.3cm
筆短い方 長さ約 18.9cm 太さ最大約 0.8cm 穂首 長さ約 2.3cm
紙切刀 長さ約 17.3cm 縦幅約 1.3cm 刃の部分 長さ約 5.2cm
錐子 長さ約 17.4cm 縦幅最大約 0.9cm  刃の部分 長さ約 2.5cm
水滴 横幅約 5.1cm 縦幅約 3.1cm 高さ約 1.3cm
硯 横幅約 7.6cm 縦幅約 12.2cm 高さ約 1.9cm

この作品は昭和初期頃の作品で、材質は木製です。
京都の象彦の作品ですが、象彦の中でも優れた 名品 です。
この時代の 古美術工芸品伝承 された現代の著名な作家でも難しい蒔絵や細工が見られます。
江戸時代から 伝承 された 職人技 が素晴らしく、非常に 細密蒔絵 が施され、当時でも 上手 の名品と思わせる 硯箱 です。

表面は金閣寺の 図柄 で、梨地 に建物の金閣寺や水面、柳や松林、紅葉等が素晴らしい高盛蒔絵で施されており、伝承された巧みな 職人技技法 が冴える作品で、さすがと思わせる老舗象彦の 名品 です。
蓋裏も同じように素晴らしく、京都の名所の蒔絵が高盛蒔絵や螺鈿細工で施されており、丁寧で華やかな技法が際立ち、昔の職人技が冴える優雅な硯箱です。
ご覧のように、内部の書道具や仕切りにも丁寧な技法が施され、上品さの中に華やかさと迫力がある素晴らしい名品です。
水滴は純銀で出来ており、緻密 な技法で丁寧に彫金細工が施され、鴛鴦が味わい深く表現されております。

この作品は、さすが代々伝承された 日本独自 の蒔絵技法で、優雅さと上品さを伴い、重みのある風格が漂う名品です。
採光の加減で白く光っておりますが、未使用品です。

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買取実績 PURCHASE RECORD

老舗骨董店の当店ならでは1000点以上の買取実績を写真入りでご覧ください。

香炉の骨董品宅配買取依頼で、金工作品の香炉をお譲り頂きました。

写真62枚あります。くわしくはこちら この骨董品の香炉は金工作品の 銅器 で出来ており、時代は明治時代頃のものだと思われ買取ました。写真をご覧のように、この骨董品の香炉は金工作品で金や銀、赤銅などを用い、彫金細工や象嵌細工で虫の群れが細かく丁寧に施されており、骨董品の明治時代の日本の金工作品を代表する面白い香炉で買取ました。この骨董品の金工作品の香炉は 重量感 や優雅さがあり、骨董品で香炉の各部分や細部に至るまで、非常に丁寧な昔の 職人技 ならではの 伝承 された 技法 が見られる金工作品の骨董品の香炉です。火屋は純銀製の銀火屋で、丁寧に花鳥の 透かし彫り が施されており、中の受け皿も純銀製の金工作品です。面白い昆虫が描かれた合わせ箱も付いており、当時でも大切に保管されてきた高価な金工作品で骨董品の香炉だと思われます。採光の加減で白く光っておりますが、ご覧のように堂々とした存在感が素晴らしく、味わいのある金工作品の香炉で、写真をご覧のように保存状態 の良い品物です。 明治時代になり、帯刀禁止令が出されて、刀や 刀装具 を作れなくなり、いろいろ工夫を凝らし、こうして現在のような、骨董品の金工作品の自在金具や 香炉、また 銀瓶 や 花入 れ、が作られました。それらが爆発的人気が出て、美術工芸品 の輸出で外貨獲得でき、明治時代は国策でも美術 工芸品 の輸出を奨励しました。