販売商品 product

品番:X-1910

価格:売却済

伊万里焼 蛸唐草文 小皿 染付

時代は江戸時代後期頃から明治時代にかけての作品だと思われます。
綺麗な 蛸唐草模様 で窯から出す 窯 出し温度も良く、染付の 上り や、貫入 も無く、また保存状態も良く傷・割れ等無く完品です。
すべて手描きで、伊万里で人気の蛸唐草の図柄で、昔の 職人技 が素晴らしい伊万里焼です。
伊万里焼は微かに鉄分を含んだ土で、丁寧に何度も精製された細かい上質の土を使われ、大きさも使いやすく、やはり 染付 の食器はどんな食べ物を盛りつけても似合うので人気があります。
骨董品 の伊万里焼は買取させて頂きます。

伊万里焼について説明致します。
豊臣秀吉の朝鮮出兵の時に、秀吉の死で幕を閉じますが、このとき朝鮮半島から陶工を日本に連れ帰ります。
そして1616年、連れ帰った陶工の李参平(りさんぺい)が有田の泉山で白磁鉱を発見し、日本最初の磁器が焼かれたといわれています。
朝鮮半島から連れて来られた陶工たちは、有田に定住し、李朝 様式から中国様式、染付、白磁、青磁といったさまざまな手法を次々に消化しながら、磁器の製法に磨きをかけていくことになります。
正保3年には酒井田柿右衛門らが、赤、緑、黄などの絵の具で文様を描く赤絵付けに成功し、日本初の 色絵 磁器を生み出したとされています。その後、オランダの東インド会社が有田焼を買い付けた背景もあり、古伊万里 はヨーロッパの王侯貴族を中心に広がっていきます。
有田皿山で作られた製品が伊万里港から積み出されたために、有田焼 は通称「伊万里焼」或いは「伊万里」と呼ばれるようになりました。
古伊万里はヨーロッパの多くの磁器に影響を与え続けたのです。
こうした400年の歴史の中で完成された伊万里・有田焼は一般的に「古伊万里」「柿右衛門」「鍋島」の三様式に大別することが出来ます。
日用食器から観賞用の 美術品 まで揃えた品揃え、白く美しい磁肌、華やかな 絵付、使いやすさ、高い耐久性で沢山のファンを魅了し続けています。
伊万里焼は、丁寧に何度も精製された細かい上質の土が使われ、昔の 職人技 が素晴らしい 名品 で、後に、真似をして作られた、瀬戸焼 等の 陶磁器 とは違う、日本を代表する陶磁器です。

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買取実績 PURCHASE RECORD

老舗骨董店の当店ならでは1000点以上の買取実績を写真入りでご覧ください。

漆芸作品で蒔絵の美しい重硯の骨董品出張買取依頼を頂き、骨董品の重硯をお譲り頂きました。

写真96枚あります。くわしくはこちら 時代は江戸時代から明治時代頃にかけての骨董品の蒔絵の作品だと思われ買い取りました。材質は木製の漆芸作品で、梨地 や色々な蒔絵 技法 が非常に丁寧に施され、現在では見られない骨董品の昔の 職人技 が素晴らしい漆芸作品の蒔絵です。硯箱は、さすが昔の骨董品の漆芸作品の蒔絵が施され、金の截金をふんだんに用いた肉合研出蒔絵が施されており、豪華絢爛で大変素晴らしい五段の骨董品の重硯箱で買い取りました。写真63~写真69の蓋裏は漆芸作品の梨地で金や銀の截金が散りばめられており、蒔絵の中の桜の花弁は銀の 金工作品 で出来てきており、御覧のような 彫金細工 が嵌め込まれております。内側と底も漆芸作品の梨地で、水滴は銀で出来ております。蒔絵が描かれた被せ蓋が付いた上等な骨董品の重硯箱で、漆芸作品の桜の蒔絵と赤銅地に金象嵌が施された短冊が嵌め込まれております。 この作品は、競り市やオークションで買い受けた作品ではありません。