三輪休雪 買取

萩焼の歴史は古く、また独特の「ひび」は使えば使うほど表情を変化させ、「萩の七化け」ともいわれています。
荒々しい「鬼萩」の作品も、碗なり、口造りなどは、考え尽くされ実際には、とても飲みやすい茶碗です。
人間国宝の三輪休雪や当代の十三代休雪の逸品では、釉薬の「休雪白」で荒々しい作品の「鬼萩」が高価買取対象です。

【老舗骨董店の一味違う営業実績】
*三輪休雪 買取価格のワンポイント
*販売から買取の当店ならではの技
*三輪休雪の作品高価買取出来る理由
*NHK・和楽等、信頼あるメディア紹介多数
*安心して買取依頼出来る6つの技
*三輪休雪作品の種類や説明と鑑定機関

三輪休雪の買取事例や買取価格と作品説明
                     

日本一、歴史ある京都祇園骨董街にあります。

京都は千年も続いた都です。
京都祇園骨董街の中でも当店は、歴史的保全地区に指定されています。
約80軒の古美術骨董商が軒を連ねる、
日本でもトップの祇園骨董街にある老舗の骨董店です。

京都祇園で小売販売している老舗骨董店だからこそ高価買取出来るのです。

世界各国から1日100名近くのお客様がご来店頂いております。
店頭には買取商品を常時2000点以上展示販売しており、愛好家やコレクターの方が品物の入荷をお待ちです。

買取依頼のお客様に納得して頂くことを第一と考えております。

ホームページや店頭にて販売する価格を提示して、買取りさせて頂いております。
是非、ご来店頂くか、ホームページをご覧下さい。
京都祇園で昭和56年に開業、長年の信頼と実績があります。

※京都美術倶楽部、大阪美術倶楽部、鴨東古美術会、京都古書組合、東京古書組合に加盟しております。

●三輪休雪の作品を高価買取出来る理由

★あなたも驚く骨董業界の真実★

「百聞は一見にしかず」 骨董品買取依頼で失敗したくない方、是非ご覧下さい。

★お譲り頂いた品物を直接販売しており、入荷をお待ちのお客様もたくさんおられます。

2026.03.14 三輪休雪の簡単な作品を買い取りました。
簡単に作られた三輪休雪の作品で、晩年の独特の「ひび」の三輪休雪でなくて買い取り価格も安価でした。
萩焼で有名な三輪休雪の作品とは、独特の「ひび」は使えば使うほど表情を変化させ、「萩の七化け」が三輪休雪の特長です。
晩年の三輪休雪の作品を売却されるお客様、是非ご一報くださいませ。

 

三輪休雪の作品ー査定・買取ポイントのアドバイス

三輪休雪(みわ きゅうせつ)

三輪休雪買取

萩水指

山口県萩市の萩焼窯元三輪窯の当主が代々 襲名 している 陶芸 作家としての名跡。単に休雪とのみ呼ばれることもある。
三輪窯は、江戸時代寛文年間に起こったと言われ、坂高麗左衛門の坂窯と共に、代々萩藩の御用 窯 を務めていた由緒ある 窯元 である。三輪窯の当主の時は、いずれも休雪を名乗り、隠居後、隠居した上での 号 を名乗る。当代は十三代。

歴代 三輪休雪
八代 三輪休雪(三輪雪山)
九代 三輪休雪(三輪雪堂)(生年不詳~1927)雪山の子。
十代 三輪休雪(三輪休和)(1927~1967)雪堂の次男、明治維新 により萩焼が衰退。
しかし「白釉」を改良し、雪解けを表すようなあたたか味のある「休雪白」を作り上げました。
1967年に紫綬褒章を受章、自ら隠居して「休和」と号した。
その功績が認められ、1970年(昭和45)重要無形文化財(人間国宝)指定。
十一代 三輪休雪(三輪壽雪)(1967~2003)
雪堂の三男で、十代三輪休雪の弟で、1910年生まれの節夫、31歳の頃川喜田半泥子に 師事。
萩焼 の 伝統 をうけつぎながらも、白釉と大胆な造形で注目される。
「鬼萩」と呼ばれる独自の荒々しい仕上がりの作品の鬼萩窯変割高台茶碗が有名です。
1967年、十一代目三輪休雪となる。1983年には兄に続いて 人間国宝 となる。
十二代 三輪休雪(三輪龍作・龍氣生)(1940~)2003年、十二代襲名。
前衛 オブジェ を中心に革新的な作陶をつづけ、新しい 陶芸 の伝統づくりをめざす。
萩 陶芸家 協会会長、東京芸術大学 卒業。2019年、家督 を弟に譲り隠居し「龍氣生」と号する。
十三代 三輪休雪(三輪和彦)(1951~)
十一代休雪(壽雪)の三男。2007年に日本陶磁協会賞を 受賞。2019年、十三代 三輪休雪を襲名。

三輪休雪の作品  作風と買取価格のワンポイント

十代三輪休雪(三輪休和)や、十一代休雪の作品で、高台が十字に割れた荒々しい「鬼萩」が高価買取対象です。

短期間に造られた簡単な作品やデザインにより、買取価格も変わりますが、最近では盃やぐい呑も人気です。
代々の作品も、若年 の作品よりも晩年の 全盛期 で、独自の境地の 名品 が人気です。
 

略歴
八代 三輪雪山(1865年(明治2)~)
九代 三輪雪堂(~1927(明治60))雪山の子。
十代 三輪休和(1896(明治29)~1981(昭和56))雪堂の次男。壽雪。
十一代 三輪壽雪(1910年(明治43)~2012年)雪堂の三男。
十二代 三輪休雪(1940~)11代の長男。
十三代 三輪休雪(三輪和彦)(1951~)十一代休雪(壽雪)の三男。

 

三輪休雪の作品をお持ちのお客様、お気軽にご相談ください。

萩茶盌 割高台

三輪休雪の作品の場合は、購入された時から入っている箱(共箱)は大切な箱で、共箱には三輪休雪の自筆のサインと 落款 が押されています。共箱は、保証書も兼ねており、有る・無しで、買取価格は大きく変動します。

汚れや傷みがある場合でも、現状のままお持ちください。

鑑定証 の有無に関わらず、まず当店で無料の 真贋 の判断やアドバイスをさせて頂きますので、お電話でご相談ください。一般的に 絵画 の 鑑定 は、美術俱楽部やそれぞれの指定された 鑑定機関 で行われており、その場合、真贋を問うだけで、約3万円~5万円かかり、有料です。

【所定鑑定人・鑑定機関】

当代 三輪休雪

 

お買取りさせて頂いた作品は価格を表示してホームページや店頭で販売しています。

百聞は一見に如かず、是非ご覧ください。
お譲り頂いたお客様に納得頂き、信頼と安心をお届けします。

三輪休雪をはじめ買取させていただいた作家の作品も数多くあります、是非ご覧ください。

当店には三輪休雪の愛好家やコレクターのお客様もおられ、新しい作品の入荷をお待ちです。
三輪休雪の作品をお持ちのお客様は、お気軽にご相談頂ければ、適切なアドバイスをさせて頂きますので、是非お問い合わせ下さい。

三輪休雪の買取実績と買取価格の解説

古美術やかたの店内写真

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11:00~18:00(定休日:月・火)

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買取は古美術やかたへ!老舗骨董店ならではの6つの技

 

三輪休雪 略歴

三輪休雪買取

鬼萩茶碗

山口県萩市の萩焼 窯元・三輪窯の当主が代々 襲名 している陶芸作家としての名跡で、単に休雪とのみ呼ばれることもある。
三輪窯は江戸時代寛文年間に起こったと言われ、坂高麗左衛門の坂窯と共に、代々萩藩の御用窯を務めていた由緒ある窯元である。
三輪窯の当主の時は、いずれも休雪を名乗り、隠居後、隠居した上での号を名乗る。
当代は十二代。

歴代の三輪休雪
八代 三輪雪山(1865~没年不詳)
九代 三輪雪堂(生年不詳~1927)は雪山の子。
十代 三輪休和(1896~1981)は雪堂の次男で、壽雪をいう。
1970年(昭和45)重要無形文化財(人間国宝)に指定された。
1981年(昭和56)死去、86歳。十一代 三輪壽雪(1910年~2012年)は雪堂の三男。
1910年(明治43)年山口県萩市生まれで、本名は節夫。
生家は代々萩焼を家業とし、旧萩藩御用窯でもあって家督を継いでいた次兄の休和を助け、陶技を学んだ。
以後、独立までの約30年間、作陶の修業に打ち込み、陶技の基礎を築いた。
1941年(昭和16)三重県津市に工房を構えていた川喜田半泥子の千歳山窯に弟子入りし、以後自己表現としての茶陶の制作を志向する。
1955年(昭和30)雅号を「休」と称して作家活動を開始する。
1960年(昭和35)日本工芸会正会員となり、十代休雪と並び高い評価を受けている。
彼の作風は、萩焼 の 伝統 を受け継ぎながらも独自の感覚を吹込んだもので、因習的な茶陶の 作風 に新たな展開を示した。
とくに 釉薬 の表現に新境地を開拓し、藁灰釉を活かした伝統的な萩焼の白釉を兄休雪と共に革新させ、いかにも純白に近いような、いわゆる「休雪白」を創造した。
「休雪白」のように白釉を極端に厚塗りする技法は古萩にはなく、いかにもモダンなスタイルでもある。
この「休雪白」を用いて「白萩手」「紅萩手」「荒ひび手」といった、独特の質感を呈する豪快かつ大胆なスタイルを創成させている。
また、素地に粗目の土を用いた鬼萩茶碗、割高台 茶碗の制作に独自の境地を示している。
1967年(昭和42)兄の休雪の隠居後、兄の後を継いで十一代休雪を 襲名。
1957年(昭和32)日本伝統工芸展に初出品した「組皿」が初入選。
1976年紫綬褒章、1982年には勲四等瑞宝章を受章、1983年(昭和58)人間国宝(重要無形文化財「萩焼」保持者)に認定された。
兄弟での人間国宝認定は陶芸界で前例の無い快挙とされる。
粗めの小石を混ぜた土を原料とした古くからの技法である「鬼萩」を自らの技法へと昇華させた。
2003年(平成15)長男竜作に休雪(12代)の名をゆずり、寿雪と改号。
土練機を用いず土踏みでの粘土作りを続けるなど、全ての作陶過程を自らの手で行う事にこだわりを持ち、晩年まで活動を続けた。
2012年(平成24)12月11日死去、102歳。
いわば近代萩焼の革新者であり、それまで注目されなかった桃山時代の雄渾なるスタイルを現代に甦らせることで、現在美術としての萩焼を創出させた。
その業績は、美濃焼における荒川豊蔵、唐津焼における中里無庵、あるいは備前焼における金重陶陽らに、匹敵するものであると言われている。
萩焼の伝統をうけつぎながらも、白釉と大胆な造形で注目された。
しかしながら、あまり器用な作陶家ではなかったとも伝わっている。
「不器用は、不器用なりに。茶碗の場合はの。器用すぎてもいかんのじゃ、これは。茶碗の場合はの。器用すぎるほど、土が伸びてしまっていかんのじゃ。やっぱし技術的には稚拙なところが、多少はあるほうが茶陶、茶碗としては、好ましい雰囲気のものになるわけじゃ」は本人の言葉。
代表作品に「白萩沓形筆洗切茶碗」などがある。

十二代 三輪休雪(1940~)は11代の長男。
山口県生まれで、本名は竜作。
東京芸大を卒業し、萩陶芸家協会会長をつとめる。
2003年(平成15)には旧萩藩御用釜の12代休雪を 襲名 した。
前衛オブジェを中心に革新的な作陶をつづけ、新しい 陶芸 の伝統づくりをめざす。
著作に「僕と炎と唇と」「軟らかい海」などがある。

三輪休雪の主な出来事や作品の年表

山口県萩市の 萩焼 窯元・三輪窯の当主が代々襲名している 陶芸 作家としての名跡。
単に休雪とのみ呼ばれることもある。当代は十二代。
三輪窯は江戸時代寛文年間に起こったと言われる。
坂高麗左衛門の坂窯と共に、代々萩藩の御用窯を務めていた由緒ある 窯元 である。
三輪窯の当主の時は、いずれも休雪を名乗り、隠居後、隠居した上での号を名乗る。

八代 三輪雪山(1865年(明治2)~)

九代 三輪雪堂(~1927(明治60))
雪山の子。

十代 三輪休和(1896(明治29)~1981(昭和56))
雪堂の次男。壽雪。
1970年(昭和45)重要無形文化財(人間国宝)指定。
1981年(昭和56)死去、86歳。

十一代 三輪壽雪(1910年(明治43)~2012年)
雪堂の三男。
山口県生まれ。本名は節夫。作品に「白萩沓形筆洗切茶碗」など。
昭和~平成時代の陶芸家。萩焼きの名手。
萩焼の 伝統 をうけつぎながらも、白釉と大胆な造形で注目される。
長兄の十代休雪(のち休和)に師事、その後の一時期川喜田半泥子にも 師事。
日本工芸正会員。山口県 無形文化財 萩焼保持者。紫綬褒章受章。人間国宝。
1910年(明治43)年山口県萩市で生まれる。
生家は代々萩焼を家業とし、旧萩藩御用 窯 でもあって 家督 を継いでいた次兄の休和を助け、陶技を学んだ。
以後、独立までの約30年間、作陶の修業に打ち込み、陶技の基礎を築いている。
1941年(昭和16)三重県津市に工房を構えていた川喜田半泥子の千歳山窯に 弟子 入りする。
それ以後自己表現としての茶陶の制作を志向する。
1955年(昭和30)雅号を「休」と称して作家活動を開始する。
1960年(昭和35)日本工芸会正会員となり、十代三輪休雪と並び高い評価を受けている。
1967年(昭和42)兄の休雪の隠居後、兄の後を継いで十一代休雪を襲名。
1957年(昭和32)日本伝統工芸品 展に初出品した「組皿」が初入選。
1976年(昭和51)紫綬褒章受章。
1982年(昭和57)勲四等瑞宝章を受章。
1983年(昭和58)人間国宝(重要無形文化財「萩焼」保持者)に認定された。
兄弟での 人間国宝 認定は 陶芸 界で前例の無い快挙とされる。
その後も作陶への探究を続け、粗めの小石を混ぜた土を原料とした古くからの技法である「鬼萩」を自らの技法へと昇華させた。
2003年(平成15)長男竜作に三輪休雪(12代)の名をゆずり、寿雪と改 号。
土練機を用いず土踏みでの粘土作りを続けるなど、全ての作陶過程を自らの手で行う事にこだわりを持ち、晩年まで活動を続けた。
2012年(平成24)12月11日死去。102歳。

十二代 三輪休雪(1940~)
11代の長男。
昭和後期~平成時代の 陶芸家。
1940年(昭和15)山口県に生まれる。本名は竜作。
2003年(平成15)旧萩藩御用釜の12代休雪を 襲名。
萩陶芸家協会会長。東京芸大卒。
前衛オブジェを中心に革新的な作陶をつづけ、新しい陶芸の伝統づくりをめざしている。

 

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買取実績 PURCHASE RECORD

老舗骨董店の当店ならでは1000点以上の買取実績を写真入りでご覧ください。

漆芸作品で蒔絵の美しい重硯の骨董品出張買取依頼を頂き、骨董品の重硯をお譲り頂きました。

写真96枚あります。くわしくはこちら 時代は江戸時代から明治時代頃にかけての骨董品の蒔絵の作品だと思われ買い取りました。材質は木製の漆芸作品で、梨地 や色々な蒔絵 技法 が非常に丁寧に施され、現在では見られない骨董品の昔の 職人技 が素晴らしい漆芸作品の蒔絵です。硯箱は、さすが昔の骨董品の漆芸作品の蒔絵が施され、金の截金をふんだんに用いた肉合研出蒔絵が施されており、豪華絢爛で大変素晴らしい五段の骨董品の重硯箱で買い取りました。写真63~写真69の蓋裏は漆芸作品の梨地で金や銀の截金が散りばめられており、蒔絵の中の桜の花弁は銀の 金工作品 で出来てきており、御覧のような 彫金細工 が嵌め込まれております。内側と底も漆芸作品の梨地で、水滴は銀で出来ております。蒔絵が描かれた被せ蓋が付いた上等な骨董品の重硯箱で、漆芸作品の桜の蒔絵と赤銅地に金象嵌が施された短冊が嵌め込まれております。 この作品は、競り市やオークションで買い受けた作品ではありません。

 

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