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黒田正玄 買取

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当店が骨董品買取で高価買取できる理由

古美術街シンボルマーク|骨董品買取

当店は、約80軒の骨董品・古美術商が軒を連ね、京都市より歴史的保全地区に指定されている京都祇園縄手通りに面しております。

そのような土地柄、四季折々には、1日100名近くのお客様が、日本国内はもとより、世界各国よりご来店頂いております。また、全国より骨董品買取相談やご依頼も数多くいただいております。

店には常時、2000点以上の品物に価格表示し、小売販売しております。
お買取りの際、店頭で販売する価格を提示しご納得頂けるようにしています。
その価格と品物を、ホームページ上にも掲載致しております。

京都美術倶楽部大阪美術倶楽部鴨東古美術会京都古書組合東京古書組合に加盟しております。
当店について詳しくは『古美術やかたのこだわり』をご覧ください。

黒田正玄—くろだせいげん

黒田正玄 略歴

黒田正玄

千家十職の一つで、竹細工・柄杓師を務める家が代々襲名している名称。
柄杓の他、台子、香合、花入など竹を使う茶道具を製作し、千家に納めてきた家系。

当代は13代。

初代正玄は、元々武士で丹羽長重に仕えていた。
しかし関ヶ原の戦い後、浪人となったために剃髪して大津に移り住み、 評判の竹細工師となった。
正玄は小堀遠州からの注文を受け、茶道界・江戸幕府とのつながりを作る。

以後明治維新に致るまで、歴代三千家、将軍の御用達柄杓師となる。

黒田正玄 歴代

初代 黒田正玄
天正6年〜承応2年
(1578〜1653)
字は七郎左衛門。越前国黒田郡生。
成長して、当地の当主である丹羽長重に仕えるが、関ヶ原の合戦で長重が西軍につき改易、七郎左衛門も浪人となる。
この時に剃髪して黒田正玄と号し、大津に移って竹細工の製造を始める。
豊臣秀吉に柄杓を納めて「天下一」と称されていた一阿彌という醒ヶ井の井戸守が、黒田正玄の柄杓づくりの師匠であったといわれる。
その後竹細工が評判を呼び、京に転居。
小堀遠州の元で茶を修行し、その推挙により江戸幕府御用達の柄杓師となる。
遠州は大名への仕官も薦めたが、それは固辞。また、大徳寺156世住持・江月宗玩の元に参禅していたことで、 千宗旦に紹介されて柄杓を納めるようになる。
隠居後は洛北・瓜生山の麓に住み、近所のよしみで石川丈山と親交を結ぶ。
現在も黒田家に掛かっているのれんの字は石川丈山の筆によるものと伝えられる。
二代 黒田正玄
寛永3年〜貞享4年
(1626〜1687)
初代の三男。諱は宗正。
27歳の時に家督相続。小堀遠州の推薦により徳川家光の御用柄杓師となる。
三代 黒田正玄
明暦5年〜享保2年
(1656〜1717)
二代の長男。初名は弥助。
徳川綱吉、表千家覚々斎、久田宗全の御用達を務める。
宝暦元年(1704)、隠居し正斎と名乗る。
享保2年、室町通今出川に転居。
四代 黒田正玄
元禄5年〜享保16年
(1692〜1731)
三代の長男。
13歳の若さで家督相続し、将軍家、三千家御用を務めるが、40歳で早世。
五代 黒田正玄
宝永5年〜安永7年
(1738〜1778)
四代に子供がいなかったため、二代の妻の実家である勝見五郎兵衛家から養子に迎えられる。幼名は才次郎。
徳川吉宗、表千家如心斎、裏千家又玄斎、武者小路千家直斎の御用を務める。
六代 黒田正玄
延享4年〜文化11年
(1747〜1814)
五代の長男。幼名は正次郎。字は弥吉。剃髪後は弄竹斎、玄堂。
上京の町年寄を務めるなど、京の町人の中でも重鎮であり、
柄杓師としては徳川家治、家斉、表千家、裏千家不見斎、武者小路千家一啜斎の御用を務める。
天明8年(1788年)、天明の大火に遭遇、家屋敷を失うが、他の千家十職がそれまでの家伝や資料なども失った家が多かったのに対し、 黒田家は倉だけは焼け残ったため、比較的古い資料を現代まで伝える。
七代 黒田正玄
明和5年〜文政2年
(1768〜1819)
六代の養子。字は弥三郎。後に弥吉。
47歳で家督相続。
養父に引き続き上京町年寄、及び徳川家斉、表千家了々斎、裏千家認得斎、武者小路千家好々斎の御用を務める。
八代 黒田正玄
文化6年〜明治2年
(1809〜1869)
七代の長男。幼名は熊吉。元服後は弥吉。
11歳の時、父の死により家督相続。
先代に引き続き将軍家、三千家御用達柄杓師を務める。
幕末動乱期の中、51歳で後継者を失い、明治維新によって大得意先の将軍家の消滅という悲劇に遭う。
九代 黒田正玄
天保8年(1837年)〜安政6年(1859年)10月20日(旧暦)
八代の長男。字は弥一郎。
修行中、父に先立って早世。
十代 黒田正玄
文政8年〜明治33年(1825〜1900)
八代の婿養子。初名は利助。
八代の弟子であり、既に結婚独立していたが、
九代の急死のため、急遽師匠の命により呼び戻されて後継者となる。
その時に妻子を離縁したといわれている。
明治2年、養父の死により家督相続するが、将軍家が無くなり、茶道も斜陽の時期を迎えるという困難の中、家業の維持に苦心。
明治14年、隠居し、明治33年に逝去。
遺言により黒田家の菩提寺ではなく修学院(現・京都市左京区)の実家の菩提寺に、筍型の墓石を築かれ、葬られる。
十一代 黒田正玄
明治2年〜明治44年
十代黒田正玄と八代黒田正玄の娘の間に生まれた長男。幼名は熊吉。
富岡鉄斎と親交があった。
表千家碌々斎、裏千家又?斎、武者小路千家一指斎の御用を務める。44歳で急死。
十二代 黒田正玄
明治39年〜昭和63年
十一代の長男。本名は久万吉。
父が死去したときまだ6歳だったため、叔父黒田常次郎と父の弟子上田定次郎に後見され、大正15年に家督相続する。
昭和18年に政府認定技術保存資格者、昭和51年4月28日紺綬褒章受賞。94歳で逝去。
十三代 黒田正玄
昭和11年〜
本名は正春。早稲田大学文学部卒。

黒田正玄 買取について

古美術やかた概観

黒田正玄の買取、買受いたしております。

当店が販売し終えた品々は、お客様個人の品物と考えており、その為、写真や価格は直ちに削除し、売却済にしております。

このコーナーでは、今まで当店が販売や買取をさせていただいた品々の一部をご参考までにご紹介させていただいております。

創業以来“京都の町家のお客様より直接買受た品物”を仕入れの柱として営業しており、 鑑定・買取を多数経験し、数々の競り市やオークションに参加し、 長年の実績と確かな専門知識で、数多くの品々を取り扱って、現在に至っております。

京都美術商協同組合会員
大阪美術商協同組合会員
鴨東古美術會会員
京都古書組合会員
東京古書組合会員

古美術やかた主人 敬白


お問い合わせ・買取のご相談

商品に関するお問い合わせや買取のご相談は、インターネット・お電話などでお気軽にどうぞ!買取のご相談は定休日も含めて毎日AM9:00〜PM9:00まで受け付けております。

メールにて画像を添付してお問い合わせいただく場合は、 yakata-@nifty.com
までお願いいたします。(メールソフトが起動します)

買取した品物のご紹介

茶道具買取で、三浦竹軒の赤絵菓子鉢を買取りました。 2020.09.23
茶道具買取

販売価格 120,000円
写真25枚掲載、ご覧下さい。
令和2年9月23日
直径約 17.5cm 高さ約 9cm

自宅をリフォームする為に整理されているお宅よりご連絡を頂きました。先代が収集されていた美術品や古道具などが多数あり、一度見て頂き、思っているような買取価格なら売却したいとメールを頂き、お話をさせて頂いた結果、出張させて頂きました。長年放置されていたようで、埃だらけの箱の無い品物や段ボール箱に詰め込まれた品物がたくさんありましたが、仕分けし、一点一点買取り価格を付けさせて頂きました。お客様は「思っていた価格よりも高く付けて頂けました」と喜ばれて買取させて頂きました。(著名な作家)の初代三浦竹泉の三男、三浦竹軒の昭和初期頃の作品で、このような 赤絵 の素晴らしい 菓子鉢 は滅多に見られません。主に(煎茶道具)の作品を制作しており、職人技の 作風 が素晴らしい品物です。 共箱 で共布が付いており、二重箱に入っております。採光の加減で白く光っておりますが、ご覧のように状態の良い品物です。このような昔の職人技が素晴らしい茶道具のご処分は、古美術やかたにご相談下さい。

古美術やかたでは、お譲り頂いたお客様に、納得頂くことを第一と考えております。古美術やかたでは、買取させて頂く際には、お客様に買取させて頂く品物の小売価格を表示して、買取価格を決定しております。また、その小売販売価格は、店頭やホームページに掲載して、遠くのお客様でも、ご納得頂けるようにしております。

美術品買取で金工作品の緒締を数点買取りました。 2020.09.22
美術品買取、骨董品買取

販売価格 100,000円
写真13枚掲載、ご覧下さい。
令和2年9月22日
縦幅約 2cm 横幅約 1.5cm 穴の直径約 0.5cm

税理士先生からのご紹介で、何代も続いたお宅の古道具や諸道具の整理依頼で伺いました。さすが昔から続いた老舗のお店で珍しい 工芸品 や古民芸の作品を拝見させて頂きました。昔の職人技が素晴らしい 逸品 も多くあり、小さな作品ですが緒締を紹介します。材質は 四分一 で、時代は江戸時代の品物だと思われます。ご覧のように彫る技法や(嵌める技法)が素晴らしく、丁寧な彫金細工と(象嵌細工)で表現されております。古い時代の、丁寧な味わいのある職人技が冴える逸品です。コレクター の方より、直接買い付けた品物です。現在の職人技では昔のこのような作品を作れる人は少なく、貴重な逸品です。ご覧のように、ひび割れ等無く、保存状態の良い品物です。
採光の加減で白く光っております。

古美術やかたでは、買取させて頂く際には、お客様に買取させて頂く品物の小売価格を表示して、買取価格を決定しております。また、その販売価格は、店頭やホームページに表示して、遠くのお客様でも、ご納得頂けるようにしております。1日100名近くのお客様にご来店頂き、店頭には常時2000点以上の 古美術工芸品 を展示しており、約80軒の骨董店が軒を連ねる京都祇園骨董街の中心にある老舗の骨董店だからこそ出来るのです。

茶道具買取で、煎茶道具と一緒に珊瑚の帯留も買取りました。 2020.09.21
茶道具買取

販売価格 120,000円
写真15枚掲載、ご覧下さい。
令和2年9月21日
横幅約 5cm 縦幅約 3.1cm 最大の厚み約 0.9cm

来店頂き、いろいろな小物の諸道具をお持ち頂き拝見させて頂きました、その内数点の 古美術工芸品 を買取させて頂きました。どんな骨董品や茶道具でも素人の人にも納得していただくよう説明しておりますので、ご安心してお持ちくださいませ。お客様の好みやその時代の人気により、買取価格も変動しますが、宜しくお願い致します。いろいろな諸道具を買取りさせて頂きましたが、面白い綺麗な(桃珊瑚)の 帯留 めがあり、先に紹介させて頂きます。この作品は時代は昭和初期頃だと思われます。昔の 職人技 が生かされた逸品で非常に端正に(彫る技法)が施されており、貴重な名品です。写真12のように裏の金具にK18と 刻印 が入っております。ひび、割れ等無く完品です。

昨今のホームページでは、フェイクニュースやイメージ写真が多く掲載されていますが、写真は全て当店の販売している写真です。古美術やかたは、約80軒の骨董店が軒を連ねる歴史ある京都祇園骨董街の中にある老舗の骨董店です。お店には1日100名近くのお客様にご来店頂き、 また買取させて頂く際には、販売価格を提示し、買取価格を決定します。店頭には2000点以上の買取りした 美術品 や 諸道具 を価格表示し販売しており、ホームページ上には500点以上の 古美術工芸品 を価格表示し掲載しております。お譲り頂いたお客様に、納得頂くことを第一と考えております。

骨董品買取で鍾馗の根付を買取りました。   2020.09.20
骨董品買取、美術品買取

販売価格 150,000円
写真16枚掲載、ご覧下さい。
令和2年9月20日
横幅約 3.5cm 縦幅約 2.6cm 高さ約 5cm

近くの他府県のお客様ですが、突然お電話を頂き出張させて頂きました。地方にも当然いろいろな(著名な作家)や職人も多くおり、職人技 の生かされた諸道具や古道具も沢山残っております。このお客様は小さな彫り物や 根付 の美術品の 愛好家 で、いろいろな作品を買取させて頂きました。この作品の時代は明治~大正時代にかけての根付で、コレクターの方より、直接買い付けた品物です。古い時代で、(彫る技法)も良く、丁寧で味わいのある職人技が冴える逸品です。長年使われてきた痕がありますが、ひび割れ等無く、ご覧のように、保存状態の良い品物です。採光の加減で白く光っております。在銘 ですが、作者についてはよくわかりません。近年、根付類はアジア圏からの輸入品が多くみられますが、当店では、日本の古い品物のみを販売しております。

古美術やかたでは、1日100名近くのお客様にご来店頂き、店頭には2000点以上品物を価格表示し販売しており、お客様に買取させて頂く際には、品物の小売価格を表示して、買取価格を決定しております。また、その小売販売価格は、店頭やホームページに掲載して、遠くのお客様でも、ご納得頂けるようにしております。フェイクニュースやイメージ写真のホームページが殆どの昨今、当店は、本当に買取から販売までしている、老舗の骨董店ならではです。

茶道具買取で、茶懐石に使う古陶器の錦光山の蓋物を買取りました。 2020.09.19
茶道具買取

販売価格 150,000円
写真26枚掲載、ご覧下さい。
令和2年9月19日
横幅約 13.6cm  高さ約 8.9cm

買取依頼のお電話で、「倉庫にある古い諸道具が沢山あるので見てほしい」というご依頼を受け、ご訪問させていただきました。ほとんどの 古美術工芸品 は経年劣化がひどかったのですが、(煎茶道具)や茶道具はまだ状態も良く、それらの逸品を中心に買取りさせて頂きました。関西には(信楽焼)や(丹波焼)が有名ですが、また京焼の古清水の古陶器や古陶磁器も人気があります。この作品は材質は陶器で、京都の焼き物で、粟田口で焼かれていた錦光山の焼き物です。時代は明治時代前後にかけての作品です。京焼の中でも、錦光山は、緻密色絵 が丁寧に描かれており、この作品は、代表する逸品です。もう少し古くなると、古清水と呼ばれ、焼き物のなかでも名品で人気があり高価で取引されております。採光の加減で白く光っておりますが、ひび割れ等無く、ご覧のように保存状態の良い品物です。錦光山焼には、作られた時から全て 貫入 があり、器の内側が汚れているのは、そのためです。使用には差し支えないです。

古美術やかたでは、買取させて頂く際には、お客様に買取させて頂く品物の小売価格を表示して、買取価格を決定しております。また、その販売価格は、店頭やホームページに表示して、遠くのお客様でも、ご納得頂けるようにしております。1日100名近くのお客様にご来店頂き、店頭には常時2000点以上の 古美術工芸品 を展示しており、約80軒の骨董店が軒を連ねる京都祇園骨董街の中心にある老舗の骨董店だからこそ出来るのです。

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出張買取地域について

買取は、日本全国より行っており、各地のお客様のご連絡をお待ちしております。
今まで当店が出張買取をさせていただいた地域をご紹介いたします。

西日本では、関西地方の大阪、京都府、滋賀県奈良県和歌山県兵庫県から、中国四国地方の岡山県鳥取県島根県広島県愛媛県香川県徳島県高知県その他の地域で出張買取いたします。

東日本では、東京をはじめ関東地方の、神奈川県、から中心地の横浜埼玉県千葉県、東海地方の愛知県、から中心地の名古屋岐阜県静岡県三重県。中部北陸地方の新潟県富山県石川県福井県、その他の地域で出張買取いたします。

買取 取り扱い一覧

ご参考までに当店がこれまでに販売や買取させて頂いた品物の一部を紹介させて頂きます。

根付印籠銀瓶彫金細工・金工細工鉄瓶煎茶道具翡翠竹籠などのお品物、中国美術刀装具鍔・小柄・目貫など)をお買取りさせていただきました。

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