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中村宗哲 買取

「本物の古美術骨董の街、京都祇園」動画を再生する

当店が骨董品買取で高価買取できる理由

古美術街シンボルマーク|骨董品買取

当店は、約80軒の骨董品・古美術商が軒を連ね、京都市より歴史的保全地区に指定されている京都祇園縄手通りに面しております。

そのような土地柄、四季折々には、1日100名近くのお客様が、日本国内はもとより、世界各国よりご来店頂いております。また、全国より骨董品買取相談やご依頼も数多くいただいております。

店には常時、2000点以上の品物に価格表示し、小売販売しております。
お買取りの際、店頭で販売する価格を提示しご納得頂けるようにしています。
その価格と品物を、ホームページ上にも掲載致しております。

京都美術倶楽部大阪美術倶楽部鴨東古美術会京都古書組合東京古書組合に加盟しております。
当店について詳しくは『古美術やかたのこだわり』をご覧ください。

中村宗哲—なかむらそうてつ

中村宗哲 略歴

中村宗哲

千家十職の塗師。
中村家は、400年近く続く塗師の家。
当初は蒔絵を施した家具などの製作(通例塗師)も行っていたが、 明治時代以降は茶道具の塗師(型物塗師)専業となる。

千宗旦の次男、一翁宗守は、 中村宗哲家の初代八兵衛(当時は吉岡姓)の娘婿となり、 吉岡甚右衛門を名乗り塗師を営んでいたが、 宗守が父である宗旦から官休庵(武者小路千家)を譲り受けた際に家業を八兵衛に譲った。

当代は十三代。

中村宗哲 歴代

初代 中村宗哲
(1617〜1695)
通称は八兵衛。号は公弼、方寸庵、塗翁、勇山、杯斎。
藤村庸軒、灰屋紹益らと親交を結ぶ。
代表作に江岑好、独楽香合、庸軒好、凡鳥棗など。
二代 中村宗哲
(1671〜1706)
通称は八兵衛。号は汲斎。
代表作に乱菊中棗。
三代 中村宗哲
(1699〜1776)
通称は八兵衛 幼名は鍋千代。号は方寸庵、漆翁、漆桶、勇斎、公弼、紹朴、芹生。
幼少で両親に死別したが、表千家6代、覚々斎、7代、如心斎らに引き立てられ、若年にして「七事式」制定に参加。
俳人であり、与謝蕪村、几菫、堀内仙鶴らと親交を結ぶ。
代表作に覚々斎好、ブリブリ香合、少庵好、彭祖棗。
四代 中村宗哲
(1726〜1791)
通称は為安、八郎兵衛。号は深斎。
三代婿養子。
安永3年、従六位下主殿少属兼左生火官人に任じられる。
署名には「豊田八郎兵衛」を使用。
後桜町天皇の大礼御用品の御用も司る。
代表作に三斎好、野風茶器。
五代 中村宗哲
(1764〜1811)
通称は守一、八兵衛。号は豹斎、漆畝。
四代婿養子。
天明3年、従六位下主殿寮補左生火官兼式部大録に任じられ、御所御用達となる。
天明8年に「天明の大火」に遭い家を焼失するが、歴代の寸法帳などは持ち出しに成功。
三代未亡人からの聞き書きにより、家伝を作成。
俳人であり、三宅嘯山の弟子。
代表作に認得斎好、蔦蒔絵中棗。
六代 中村宗哲
(1792〜1839)
幼名は昌之助。通称は八兵衛、為一、八郎兵衛。号は楪斎。
五代の長男。
1811年に家督相続するも、1815年に弟に家督を譲り、自らは御所御用達と通例の塗師職(大名向け漆器制作)を営業。
代表作に認得斎好、祇園攘疫棗、群亀棗、宝船棗。
七代 中村宗哲
(1798〜1846)
幼名は槌六。通称は八郎兵衛、八兵衛。号は得玄、獏斎、黒牡丹。
五代次男。
兄から家督を譲られ、形物塗師職人(茶道具漆器制作)となる。
代表作に名取川硯箱、夕顔台子皆具(浄雪、七代浄益、旦入 合作)。
八代 中村宗哲
(1828〜1884)
幼名は丑之助。通称は八郎兵衛、忠一。号は至斎、聴雨、蜂老。
七代長男。
御所御造営や和宮御降嫁花嫁道具、将軍御上洛道具など多数の御用を司る。
明治維新後は京都博覧会会社に勤務。
1876年にフィラデルフィアで開催された米国百年祭大博覧会に出品、銅賞。
代表作に碌々斎好、既望棗、玄々斎好、曙棗。
九代 中村宗哲
(1856〜1911)
旧姓は松崎。名は喜三郎。号は義生、英斎、一畝、雲水。
八代婿養子。
元々は師範学校卒業後、小学校訓導を務めていた教師出身。
茶道衰退期の中、京都美術工芸学校に勤務するなど家業の維持に苦心する。
代表作に玄々斎好、溢梅雪吹大小、溜ミル貝雪吹溜松木下張棗、粒菊蒔絵溜雪吹、黒絵玉書詰平棗、惺斎好、鱗鶴大棗、松摺漆丸卓。

中村哲太郎
九代宗哲と十代尼宗哲の長男。
父の死後に家督相続、「中村宗哲」として茶道具製作を行うが、その後廃業。昭和初年逝去。
十代 中村宗哲
(1862〜1926)
名は真。八代宗哲四女。
九代夫人。
岸田湘煙の女塾に入塾、自由民権運動の影響を受けて成長。
後、府立女紅場一期生として入学、和裁を勉強する。
結婚後は自宅で和裁塾を開いて家計を助ける。
夫の死、長男の廃業に伴い、表千家12代惺斎の命により家督預かりとなり、多数の道具を製作。
代表作に惺斎好、笹蒔絵硯箱、雛用柳桜茶具(合作)、雛用懐石家具、近江八景棗。
十一代 中村宗哲
(1899〜1993)
名は忠蔵。号は元斎、叩城、九土。
九代次男。
戦中戦後の多難な時期に多数の名作を製作。
京都府文化功労者。
昭和60年、十二代に跡を譲り隠居。
代表作に惺斎好、唐崎松中棗、醍醐枝垂桜大棗、即中斎好、四季 誰が袖蒔絵茶器。
十二代 中村宗哲
(1932〜2005)
名は弘子。
十一代長女。
兄たちが家職を継がなかったため、家職継承者に指名される。
昭和30年、京都市立芸術大学工芸科卒。
昭和61年、千家への出仕を許され、女性として初めて正式に千家十職当主として認められる。
茶道具以外にも多数の漆器を製作し、工芸家としての評価も高い。
心筋梗塞により急逝。実娘3人も漆工芸家。
代表作に而妙斎好、吉祥松溜雪吹、春野旅箪笥。
十三代 中村宗哲
(?〜)
名は公美。
父三代諏訪蘇山、母十二代中村宗哲の次女として生まれる。
京都市立銅駝美術工芸高等学校漆芸科卒業。
京都市伝統産業技術者研修漆器コース終了。

中村宗哲 買取について

古美術やかた概観

中村宗哲の買取、買受いたしております。

当店が販売し終えた品々は、お客様個人の品物と考えており、その為、写真や価格は直ちに削除し、売却済にしております。

このコーナーでは、今まで当店が販売や買取をさせていただいた品々の一部をご参考までにご紹介させていただいております。

創業以来“京都の町家のお客様より直接買受た品物”を仕入れの柱として営業しており、 鑑定・買取を多数経験し、数々の競り市やオークションに参加し、 長年の実績と確かな専門知識で、数多くの品々を取り扱って、現在に至っております。

京都美術商協同組合会員
大阪美術商協同組合会員
鴨東古美術會会員
京都古書組合会員
東京古書組合会員

古美術やかた主人 敬白


お問い合わせ・買取のご相談

商品に関するお問い合わせや買取のご相談は、インターネット・お電話などでお気軽にどうぞ!買取のご相談は定休日も含めて毎日AM9:00〜PM9:00まで受け付けております。

メールにて画像を添付してお問い合わせいただく場合は、 yakata-@mb.infoweb.ne.jp
までお願いいたします。(メールソフトが起動します)

買取した品物のご紹介

美術品買取で、池大雅の掛軸の短冊を買取ました。 2020.05.25
骨董品買取、美術品

紹介作品
写真6枚掲載、ご覧下さい。
令和2年5月25日
全体 縦幅約 147cm 横幅約 25.5cm
本紙 縦幅約 35cm 横幅約 5.5cm

知人が大切にコレクションしていた掛軸ですが、知人の方が亡くなったので売却したいとお電話を頂きました。この知人の方は、以前から祇園骨董街によく来られており、当店にも二、三度来店頂いているお客様です。お亡くなりになられた知人の方からも当店のお話を聞いておられたのか、当店のホームページをご覧になり、品物を持って来店頂きました。

この掛軸は池 大雅の短冊で、(南画・文人画)の大家で与謝蕪村とともに日本の南画の大成者とされています。池 大雅(1723年~1776年)は、京都生まれの江戸時代中期の書家で、古筆や古書画で有名で号は九霞、大雅堂、霞樵などがあります。幼少期から独学で「中国美術」の南宗画を学び、柳沢淇園に師事し、(琳派)などの日本画の伝統と西洋絵画の表現法を取り入れて独自の画風を確立し、日本の素晴らしい骨董品としての名品を残しました。特に40歳前後に充実した作品を多く残しています。この逸品は掛軸になった短冊で、古い時代の作品ですが、ご覧のように、保存状態の良い掛軸で高価買取させて頂きました。

古美術やかたは、約80軒の骨董店が軒を連ねる歴史ある京都祇園骨董街の中にある老舗の骨董店です。お店には1日100名近くのお客様にご来店頂き、店頭には2000点以上の買取りした 諸道具 や 美術品 を価格表示し販売しております。買取した品物の、販売価格は、店頭やホームページに掲載して、遠くのお客様でも、ご納得頂けるようにしております。

茶道具買取で、難波仁斎の蒔絵の棗を買取ました。  2020.05.24
茶道具買取

販売価格  60,000円
写真26枚掲載、ご覧下さい。
令和2年5月24日

お子さまがこちらの大学に通われている関係で祇園には何度か来られており、そのついでにと祇園骨董街の観光もしていましたと話され来店頂きました。ゆっくりお店をご覧いただき、納得されたご様子で、お帰り頂きました。後日、「実家に沢山ある古道具や諸道具を買い取って欲しいと」お電話を頂き、出張させて頂き面白い珍品古美術工芸品を買取させて頂きました。

この作品は材質は木製で、綺麗な(蒔絵)が描かれており、最近では煎茶道具にも使われております。このような綺麗な棗はアジアの人々も日本の煎茶と同じ中国茶で使われ、図柄も楽しく高価に買取させて頂きました。難波仁斎(明治36年~昭和51年)の作品で、岡山の(漆芸)作家です。貝尽くしと海藻の取り合わせが、楽しい逸品で、保存状態も良く高価に買取させて頂きました。

昨今のホームページでは、フェイクニュースやイメージ写真が多く掲載されていますが、写真は全て当店の販売している写真です。古美術やかたは、約80軒の骨董店が軒を連ねる歴史ある京都祇園骨董街の中にある老舗の骨董店です。お店には1日100名近くのお客様にご来店頂き、 また買取させて頂く際には、販売価格を提示し、買取価格を決定します。店頭には2000点以上の買取りした 美術品 や 諸道具 を価格表示し販売しており、ホームページ上には500点以上の 古美術工芸品 を価格表示し掲載しております。お譲り頂いたお客様に、納得頂くことを第一と考えております。

骨董品買取で、陶芸家の尾形乾山の掛軸を買取ました。  2020.05.23
骨董品買取、美術品

紹介作品
写真13枚掲載、ご覧下さい。
令和2年5月23日
全体 縦幅約 110cm 横幅約 52.5cm
本紙 縦幅約 25cm 横幅約 50cm

この「日本画」の掛軸は、陶芸家の日本の著名な作家の(尾形乾山)が描いている水墨画です。本紙は紙本で、軸先は木製で出来ております。簡単な水墨画ですが、陶芸では有名な尾形乾山の作品で、彼は(古書画)の逸品も多く残っております。

尾形 乾山(1663年~1743年)は、京都生まれの江戸時代の陶工、絵師です。若い頃より学問や茶道を好み、(狩野派)に画を学びました。兄の光琳が絵付や意匠に協力し、乾山が陶芸と画賛をする合作は、乾山焼と呼ばれその作風は一躍有名になりました。晩年は江戸入谷に窯を築き作陶を行うが、特に絵画制作に力を注ぎ、数多くの名品を残しています。古い時代の作品ですが、ご覧のように、保存状態の良い掛軸です。

古美術やかたは、約80軒の骨董店が軒を連ねる歴史ある京都祇園骨董街の中にある老舗の骨董店です。お店には1日100名近くのお客様にご来店頂き、店頭には2000点以上の買取りした 諸道具 や 美術品 を価格表示し販売しております。買取した品物の、販売価格は、店頭やホームページに掲載して、遠くのお客様でも、ご納得頂けるようにしております。

茶道具買取で、一緒に烏丸光廣の短冊を買取りました。 2020.05.22
茶道具買取

紹介作品
写真10枚掲載、ご覧下さい。
令和2年5月22日
全体 縦幅約 147cm 横幅約 35cm
本紙 縦幅約 35.5cm 横幅約 6cm

このお客様のご実家の蔵や納戸にしまわれていた作品で昔から大切にされていた品物をお持ち頂きました。古い時代から取り置かれていたので経年の変化があり、書かれている画号や号が消えてしまっている作品も多くありましたが、この短冊は掛軸なので巻かれて合箱に入っており、保存状態も良く江戸時代の作品ですが紹介させて頂きます。作風も全盛期で比較的保存状態も良好な逸品でしたので高価に買取させて頂きました。

このような書は現在では読める人も少なく、日本の大切な文化遺産です。この作品は烏丸 光廣(1579年~1638年)で、彼は京都出身の江戸時代前期の公卿・歌人・能書家です。多才多芸な宮廷文化人として和歌や書、茶道を得意とした。(茶席の書画)や水墨画も多く残しており、日本の文化人として有名な公卿です。徳川家光の歌道師範を務め、本阿弥光悦や俵屋宗達ら著名人とも交流した。また古筆の鑑識にも長けており、(古筆)鑑定を業とした古筆家の初代・古筆了佐は光広から古筆の鑑定も学んだ。この作品は本紙は紙本で、掛軸になっております。古い時代の作品ですが、ご覧のように、保存状態の良い逸品で高価に買取させて頂きました。

古美術やかたは、約80軒の骨董店が軒を連ねる歴史ある京都祇園骨董街の中心にある老舗の骨董店です。お店には1日100名近くのお客様にご来店頂き、店頭には2000点以上の品物を販売しており、買取の際にはその品物の小売価格を表示して、買取価格を決定しております。その価格は、店頭やホームページに掲載して、遠くのお客様でも、ご納得頂けるようにしております。

骨董品買取で、中国美術の朱盆を買取りました。  2020.05.21
骨董品買取、美術品

販売価格  250,000円
写真7枚掲載、ご覧下さい。
令和2年5月21日

ふらりと偶然立ち寄られたお客様で、お店をゆっくりご覧になり、お帰り頂きました。後日、突然お電話を頂き、「お店も立派で対応も丁寧で、品数も多くあり、査定鑑定を数多く経験されていると、安心しました」と電話で話され、地元に戻られご連絡を頂き、ご自宅にある先代からの古美術・骨董品の売却依頼で、出張買取りさせて頂く事になり今回のお取引に至りました。この朱盆は中国美術の作品で、唐物として古い時代に伝えられた逸品だと思われます。このような作品の裏に年号が書かれた作品があり、例えば、(乾隆年製)と印刷された作品等は官製で高価に買取させて頂けます。同じような事が言える作品には(中国陶磁)器の官窯にもあります。

日本は大陸ではなく、島国で、徳川幕府などは250年以上続き、世界に誇れるような独自の文化遺産が多く残されております。それらの古美術工芸品の中には、日本ならではの素晴らしい美術品の名品や珍品が残されており、世界の人々に人気で多くの愛好家がおられます。このような昔の名品は高価買取させて頂きます。

古美術やかたでは、お譲り頂いたお客様に、納得頂くことを第一と考えております。古美術やかたでは、買取させて頂く際には、お客様に買取させて頂く品物の小売価格を表示して、買取価格を決定しております。また、その小売販売価格は、店頭やホームページに掲載して、遠くのお客様でも、ご納得頂けるようにしております。

以前の品物はこちら

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買取について

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出張買取地域について

買取は、日本全国より行っており、各地のお客様のご連絡をお待ちしております。
今まで当店が出張買取をさせていただいた地域をご紹介いたします。

西日本では、関西地方の大阪、京都府、滋賀県奈良県和歌山県兵庫県から、中国四国地方の岡山県鳥取県島根県広島県愛媛県香川県徳島県高知県その他の地域で出張買取いたします。

東日本では、東京をはじめ関東地方の、神奈川県、から中心地の横浜埼玉県千葉県、東海地方の愛知県、から中心地の名古屋岐阜県静岡県三重県。中部北陸地方の新潟県富山県石川県福井県、その他の地域で出張買取いたします。

買取 取り扱い一覧

ご参考までに当店がこれまでに販売や買取させて頂いた品物の一部を紹介させて頂きます。

根付印籠銀瓶彫金細工・金工細工鉄瓶煎茶道具翡翠竹籠などのお品物、中国美術刀装具鍔・小柄・目貫など)をお買取りさせていただきました。

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